『terraforming』

「あー、あー」
「……」
「準備はいいですか?」
「……」
「準備、いかがでしょう?」
「……ああ、はい、お待たせいたしました、どうぞよろしくお願いします」
「では、えー、急ぎ僕が皆さんに伝えておきたいのはですね。オルタナティブであることが」
「……あ、すいません。録音機材が全部回ってませんでした、すいません」
「は?」
「……はい、もうすべて回しました。申し訳ありません。お願いします。もう大丈夫です」
「そう、ですか。ではもう一度始めます」
「……どうぞ」
「オルタナティブであることがですね」
「……はい」
「通常どうしても第三の道みたいなことで……中間的な態度におちいりがちなんですね」
「……はあ」
「つまりAでもないBでもない、という道」
「…………C的なですか?」
「いやそうならいいんですが、あくまでもAでもないBでもないと」
「……ですからC的な」
「いえいえ、Cも選ばないし、そんな新しいアイデアも出さないのです」
「……で、AもBもCも選ばない、と?」
「そうです。選ばずに保留することがあたかも何かの価値であるような考えが……のですよ」
「はい?」
「あるのですよ」
「……ああ、聞こえました。つまり、ちょっと頭よさげな」
「そうです。決めないことがかっこいいというような、特権的な位置に」
「……ポッケン的?」
「いや、特権的です特権」
「……あ、はい、特権。ええ、ええ。若干難解な言葉でしたもので」
「ポッケンの方が難解じゃないでしょうか?」
「……でしょうか?」
「ともかく、本来オルタナティブというのは今とは別の道という意味であり、明快に……言ってしまえばカウンターカルチャーだと思うんです」
「……カウンターカルチャー」
「そう。対抗文化です。AにもBにも対抗する、もしくはその対立自体を超えるような」
「……やはり大きな話になってきましたね」
「ええ。オルタナティブは必然的にそうなるのです。二項対立を超える、とはそういう意味でなくてはいけません」
「……二個対立ですか? 一個、二個の」
「ひとつ、ふたつ? 僕が言ってるのは近過ぎるということです」
「……え? うん? ああ、ちょっと自動翻訳が錯綜してそうです。切り替えます」
「I said two clause confrontation」
「……too close? C,L,O,S,E」
「No.C,L,A,U,S,E」
「……I see.項目ですね。なんにせよ、二つのものの対立」
「そういうことです。すなわちふたつの項が互いに相手なしではいられない、いわば依存関係のようになって固定化している時、オルタナティブはそのふたつへのカウンターカルチャーとして出現しなくてはならない」
「……はあ、二項」
「そもそもこのインタビューは君の好きな音楽への興味から始まっているんですよね?」
「……そうです。オルタナティブ・ロックです。Jさん、あなたたちが世界に提示した音楽です。あれは凄かった。あの聴いたこともないリズムとノイズと……今世紀初頭のことですよ。データでしか知らない前世紀のポストパンク以来の、あれは衝撃でした」
「ええ、まさに提示だったんですよ、サカイさん。それはさっきも言ったように、Cを提示したのです。ほとんどの人がAでもないBでもないと文句だけを言い、実際は現状維持しか選ばなかった時にです」
「……はい、歌詞カードを見てみると、それがまた皮肉でナンセンスで政治的でもあり」
「僕らの創作物はすべて発行禁止になったはずですが、なぜ君は?」
「……あなたの時代にもそうだったでしょう? 禁じられたものは必ず流通しますよ」
「はっはっは、まあそうですね」
「……しかし、当時のあなたからは今こうして丁寧な言葉で会話をしてくれることなんか、とても想像出来ませんでした」
「サカイさん。ひとつには僕も十分に年齢を重ねたんですよ。たくさんの経験をしました」
「……そうだろうと思います」
「そして、この自動翻訳ソフトの、君が選んだモードの問題に過ぎないのでは? 『親密』を選んでごらんなさい。かなりひどい言葉をはさみながら僕がしゃべっているのがわかるから。それを検閲して削除して、このソフトは音声を作っているわけですからね」
「……なるほど、そうでした。でもこの『紳士』モードのままにしておきます。今から急にFワードなんか耳にしたら、けっこう傷つきそうなんで」
「まあ、そのへんはどうぞご自由に。ともかく、サカイさん」
「……はい?」
「僕は音楽の話をするためにこの通信機器の前にいるのではありません。僕が『中間』モードを選んでいるこの自動翻訳機、この星間通信網増強機の前に」
「……はい、それは十分理解しているつもりです」
「僕はあくまでも、僕たちヴァリス星移民団のことを話したいんですよ」
「……私もむろんそれを聞くために」
「まだ、あなた方、地球残留組はいわばAとBに分れて争っている。自己投機体制で高度に世界を経済化し終えたA陣営、つまりアラブ社会さえ抵抗しきれずに組み込まれてしまったこのコンピュータプログラム国家群の中で、むしろモザイク状に散らばって世界を不安定化、もしくは人間化させていくB勢力です」
「……無名無地域無政府連盟、ですね」
「そうです。意外なほどこの勢力は増加しました。なぜならば、ご存知のようにA陣営内部の争いが激化したからです。彼らが自由貿易圏を作るという名目で広域経済網をネットワークし、幾つかのそれが時に重なり、ほつれ、摩擦を起す度に各国民の中にB勢力への支持がじわじわと強まったからです」
「……それは……私も聞いています。教科書的にですが」
「どちらの側で、ですか?」
「……私はB勢力です。表向きはもちろんA陣営の国で育ちましたが、二重インターネットIDは私が生まれた時に親戚からお祝いとしてもらっておりましたから、それで企業売買などを撹乱することは小さな頃からやっており、ホログラムブックで痕跡のない教育を長く受けてきました」
「僕も今でも基本的にはB勢力支持者です」
「……でもあなたは『譲渡四号』でヴァリス星へ旅立ったわけですから」
「いわば、逃げ組である、と?」
「…………まあ、その言葉が適当かどうかは別として、あなたの言うAとBの二項対立、そのために起き続けるテロと、それを抑えるという大義名分での他国侵略、続く放射能災害と自然破壊による酸素欠乏……。そこからのまさにオルタナティブとして、あなた方はほとんどカルト宗教の集団自殺のように幾つかの大国のロケット施設を占拠して、そこから大気圏を抜け出たわけでして」
「そうです。あの頃はにわかに宇宙資源が脚光を浴びていましたから、今よりロケットの数が格段に多かったのです。核を持つ金があるならロケットをというわけで、新興国はやっきになって宇宙事業を拡大した」
「……ええ、ですからあなた方は大規模な世界同時オキュパイ、世界同時エクソダスを決行出来ました」
「その通り。でも、今の僕らがAとBの争いをヴァリス星という高みから見物している、というわけじゃないんです」
「……それはわかります。だって、まさかあなた方が、少なくともあなたがその星で生きていらっしゃるとは、ほとんど一般には知らされていなかったんですから。つまり、着きもしなかったというA陣営発のニュースは鮮明な映像付きで世界を駆けめぐりましたし、B勢力だって宇宙亡命組は目的の星に到着はしたが、空気構成の恒常的調整と太陽光の遮蔽に手こずって一人、また一人と亡くなったとされていますからね。ヴァリス星移民団が生き延びているという話は、オカルト系雑誌やらイエローマガジンには出てくるものの、一般の人間は誰も本気にはしていません」
「ところが、君は見事に先進国宇宙事業センターのセンターマシンをハッキングした」
「……そうです。中継を見て驚きました。そこに人が動いていて、どうやらそれが別の星だとわかるまで時間がかかりましたよ。これはしばらく誰にも言えないと思いました。僕は殺される、と。これはA陣営もB勢力も隠していることだからです」
「でしょうね。僕らがやっていけていることを、知られたくはないでしょう。ただ、地球と同じ技術で、と言うわけでもないし、同じ満足度のままで、ということでもない。つまり僕らはAでもBでもないオルタナティブな文明を作りつつあるのです」
「……ヴァリス星……で増えて、ですか?」
「いいえ、減ってです」
「……は?」
「僕らは当初二百人を超えていました」
「……そう聞いています」
「けれど、今はゆるやかに減っています」
「……そうでしたか」
「けれど、僕らはこの星に幾つもの遺跡を、小さな規模ですが、建造しました」
「……遺跡……」
「ええ、とても満足しながらです」
「……なんていうか、宗教的な?」
「君たちはそう言うでしょうね。けれども僕らヴァリス星移民団は旅の過程で、あるいは旅の前の深い議論で、ないしは到着後の思索の中で、繰り返し幸福について欲望について価値について考えてきました」
「……なるほど」
「そして、自然に減ることを選びました」
「……それは……自滅ではなくてですか?」
「それもまた、君たちの価値の中ではそうでしょう。けれど増えることが絶対の善だというのはおかしいでしょう? 僕らは少なくとも生きている限り命は絶ちません。ごく自然に遺跡を作り、減っていくのみです」
「……それがヴァリス星移民団の、その、オルタナティブなんでしょうか?」
「僕らのというよりは、地球で生まれた多くの文明が示すオルタナティブです」
「……多くの文明?」
「ええ。例えばインカ文明がわかりやすいでしょう。こつぜんと人が消えたと言うのです。地球のあらゆる情報源は。しかし、僕らにははっきりわかる。彼らは哲学を高度化させ、自然に減ったのです。遺跡をメッセージとして残して」
「……ああ、はい」
「こういう、消えた文明はほとんどすべて僕らと同じ結論を得たのだと思います。そもそも仏教もキリスト教も祈る者の性交を基本的にまず禁じるでしょう? そののち妻帯を許すことになりますが。それは必ず最初は、減る文明への転換なのです」
「……しかしですね、Jさん。減ることは今生きている人には納得出来ても、次に生まれてこれたかもしれない命の可能性を摘むことにならないでしょうか?」
「素晴らしい質問ですね。しかし、僕らは人間を主体として考えないことにしたのです。いや、人間のDNAをと言うべきでしょう。DNAは増えろ、続けと命じる。しかし、生命として大きく見れば、僕らの遺体は他の生命のエサとなり、肥料となり、骨は受け皿となり、また減って何かに変ります」
「……やっぱり宗教のようにしか思えませんが、違うのでしょうか」
「宗教でもかまいません。ただ、僕らは自分たちの考えや生活を、特に宗教的だとは考えていない。事実、神や司祭はいませんから。つまりこれは哲学です。人間であることの証として、僕らはDNAに対抗しているのです」
「…………DNAに」
「それが最も根源的な人間のプライドだと僕らは考えるに至りました。いわばDNAへのカウンターカルチャーです。それがどんなことよりも根源的なオルタナティブです。たいていの地球の遺跡は同じようにDNAに逆らった人類の爪痕です。証です」
「…………ある程度は理解します。でも、僕にはそれはやはりかなり思いつめた考え方に感じられます。『四方が塞がって』という、あなたの曲を思い出しますが、あの頃の方が自由だったのではないですか? むしろより根源的に」
「僕の考えは凝り固まった極論だ、と? ないしは、君の言い方だとまったくポッケン的な立場からの意見だ、と?」
「…………そうです。いやいや、ポッケンかどうかはわかりませんが、ロマンチック過ぎるような……」
「君の抵抗感も、こちらはこちらでよくわかっているつもりです。それに今ヴァリス星に暮らしている者全員が本当に減ることを選ぶかどうか、実はわかりません。僕らはそのために星の遠隔地に、もしも新しい生命が生まれても隠れて生きていける施設も作ってあります」
「………それは……いいんですか?」
「何がですか?」
「……到達したオルタナティブな文明が、また地球的になる可能性を残すことになりますが」
「まあ、僕は楽観的にみんないなくなると思ってますからね、あはは」
「…………でも、もしも最後のカップルになったら、DNA以外からだって生命をつなぎたい感覚は強まるかもしれません」
「僕はそれこそがブッダやキリストを悟りの前に襲った悪魔だと考えます。そして、悪魔に負けたなら仕方ないでしょう。また再びオルタナティブな文明がはぐくまれるまで待つしかない。ただし、一番肝心なこと」
「……ハローハロー」
「…………これこそ真理では……あなた…………伝えます」
「…………ハロー、聞こえますか?」
「………………」
「…………ハロー」
「………………」
「………………ハロー」
「すべての遺跡を解読…………オルタナティブです。ただそれだけ……そして遺跡を…………最後の一人が減るまで……それは」
「……………………Jさん」
「…………通信……星の陰に入るようです」
「…………はい。ああ、ここで途絶えるとあとは十二年後です、Jさん」
「……僕はいない……しれない」
「…………まだ聞かなければいけない…………」
「…………」
「……………………」
「……………ああ、第五の月に雲が………」
「…………」
「…………サカイくん、また」
「Jさん………………………………」


 2013.06.16 いとうせいこう

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